あらすじ
「いいか。そもそも、ここはパスタ屋じゃない」
「……は?」
飲食店に、ときおり現れる二人の男。
一人は、黒ずくめの若い男。
なぜか連れの中年男から「殿」と呼ばれている。
そしてもう一人は、その“殿”を異常なまでに崇拝し、一言発するたびに、
「なんとぉぉぉぉ!!」
「そうでございましたかぁぁぁ!!」
「さすが殿! 感服いたしました!!」
と大騒ぎする、家臣のような謎の中年男。
そんな二人が現れた店では、決まって奇妙なことが起こる。
ステーキ屋では――
「ここはステーキより、ハンバーグの方が旨い」
イタリアンでは――
「いいか。そもそもここはパスタ屋じゃない。ドリアを食う店だ」
あまりにも堂々と言い切る“殿”。
そんなわけがあるか。
ステーキ屋ならステーキだ。
パスタが売りならパスタだ。
居合わせた客たちは、そう思う。
――そのはずなのに。
翌日になっても、なぜかあの一言が頭から離れない。
「……いや、あり得ない」
「でも……」
「…………そんなに旨いのか?」
仕事中も気になる。
飯を食っていても気になる。
そしてついには、
「別に信じたわけじゃない。ただ確かめるだけだ」
などと自分に言い訳をしながら、再び店の扉を開いてしまう。
そして、一口。
「…………」
二口。
「…………ッ!?」
三口。
「う、旨い……!」
気づいたときにはもう遅い。
昨日まで信じていた食の常識は木っ端微塵。
さらに数日後には、自分まで誰かにこう囁いている。
「……いいか。あの店では、それを頼むんじゃない」
“殿”はただ、自分が旨いと思うものを食べているだけ。
しかし、その何気ない一言は今日もまた、一人の人間の食生活と価値観を狂わせていく――。
謎の若き“殿”と、テンションのおかしい中年家臣。
そして偶然その場に居合わせてしまった人々が繰り広げる、
一話完結・食の常識崩壊系グルメコメディ。