あらすじ
この世界の治癒魔法は、傷を塞ぐ。
――汚れが入ったまま、塞ぐ。
だから兵士たちは、治療の三日後に熱を出して死んでいく。
公爵令嬢エルシア・ヴァレンティは、王城の大広間で、身に覚えのない罪により婚約を破棄された。
魔力を持たないという、ただそれだけの理由で。
倒れかけたその瞬間、彼女は思い出す。
前世――救命救急医として生きた、三十四年分の記憶を。
追放された先は、北の辺境。戦場だった。
そこでは、敵に殺される兵より、治療を受けたあとに死ぬ兵のほうが多かった。
彼女は魔法が使えない。聖印も持たない。
持っているのは、前世の知識と、この二本の手だけ。
「手を洗ってください」
二十年の経験を持つ従軍床屋は、鼻で笑った。
七日後、笑った男は、黙って湯を沸かし始める。
――これは、魔法のある世界で、魔法を使わない女が、
手を洗うことから国の医療を作り変えていく物語。