あらすじ
女官風情が、なにさまのつもりですか。
そう言われ続けて七年。翠光国(すいこうこく)の後宮で下働きをしてきた沈明月(しんめいげつ)にとって、自分の名は常に誰かの「注釈」だった。――『あの桂霜蘭(けいそうらん)さまの、幼馴染だった女官』。それだけが、彼女の肩書きのすべてだ。
だが、秋の花霊唱和祭(かれいしょうわさい)の夜、事件は起きる。妃候補の「まことの心」を映すという禁具・月鏡(げっきょう)が何者かに細工され、明月の魂は、後宮の頂点――主月(しゅげつ)の座にある霜蘭の身体に閉じ込められてしまったのだ。
誰もが言う。このまま霜蘭になりきればいい、その方がお前のためだ、と。
けれど明月は、頷かない。
「わたしは、あの方の代わりにはなれません。なるつもりも、ございません」
華やかな身体を借りながらも、自分自身であることをやめない。そう決めた明月の前には、月鏡を狙う何者かの企み、氷のごとき儀礼武官のぎこちない優しさ、そして「素顔の主月」を知らぬ者たちの遠慮ない視線が立ちはだかる。
誰かと=(イコール)である必要なんて、ない。注釈のままで、上等。 入れ替わっても、わたしは、わたしのままで生きていく。
――もう二度と、来ないはずだった夏の記憶が、なぜか今、これ以上なく鮮やかに疼くのはどうしてだろう。
これは、本文になることを拒み続けた女官が、それでも自分だけの物語を綴っていく、痛快後宮身代わり譚。