あらすじ
大学を卒業したものの就職先が決まらなかった二十二歳の青年、橘晴人は、叔父が使っていた古びた事務所を譲り受け、商店街の片隅で何でも屋――**「橘よろず相談所」**を始めることになった。
晴人は細かいことを気にしない。
妙なものを見ても、とりあえず近づく。
困っている人がいれば、とりあえず手伝う。
そして大抵のことは「まあ、何とかなるだろ」で済ませてしまう、底抜けに明るく快活な青年だった。
そんな晴人のもとへ舞い込んだ最初の仕事は、近所のお婆さんから頼まれた迷い猫探し。
ところが猫を探して公園へ入った晴人は、そこで三百年以上にわたり退魔師たちから恐れられてきた大妖怪・玄嶽と遭遇する。
もちろん晴人はそんなことなど知らない。
「なんだ、ずいぶん丸い狸だな」
煮干しを渡し、猫の居場所を教えてもらい、行くところがなさそうなので事務所へ連れて帰った。
たったそれだけだった。
しかし、超常現象を管理する国家機関**「超常現象管理局」**から見れば話はまるで違っていた。
百年以上捕獲できなかった大妖怪が、謎の青年を見ただけで戦意を失い、自ら服従したのである。
しかも青年からは霊力も魔力も妖力も一切検出できない。
管理局が導き出した結論は一つだった。
橘晴人は、能力を完全に隠蔽できるほどの異常存在である。
その日から、晴人の平凡な生活と、周囲の壮大な勘違いが始まった。
晴人が商店街のゴミ拾いをすれば、
「霊脈上に配置された呪物を撤去している……!」
と魔術師たちが震え、
「今日は風が強いな」
と呟けば、
「風属性の大精霊への警告だ」
と管理局に記録され、
スーパーで半額のコロッケを二個買えば、
「二勢力を同時に潰すという宣言では?」
と秘密結社が緊急会議を開く。
ある日など、晴人が町内会から頼まれて公園のベンチを塗り直した翌朝、裏社会では三つの組織が停戦協定を結んでいた。
もちろん本人は何も知らない。
「やっぱペンキは二度塗りに限るな!」
そんな調子で毎日を楽しんでいる。
やがて相談所には、人間だけでなく、幽霊、妖怪、魔術師、精霊、吸血鬼、異界人、神様、魔王まで訪れるようになる。
ただし彼らは誰一人として、自分の正体を晴人に知られているとは思っていない。
むしろ、
「この男はすべて分かったうえで、あえて普通の人間として接している」
と確信していた。
晴人本人は、
「最近、変わった外国人のお客さん多いなあ」
くらいにしか思っていない。
そして晴人が善意で誰かを助けるたび、裏社会では新たな伝説が誕生する。
――三百年の大妖怪を一瞥で従えた。
――魔術師同士の百年戦争を一言で終わらせた。
――呪われた建物を三日で浄化した。
――異界の王をアルバイトとして使っている。
――十二柱の神々を町内会の盆踊りへ参加させた。
――世界滅亡級の怪異を「道路の邪魔」という理由でどかした。
噂が噂を呼び、ついには世界各国の超常組織が、
「橘晴人こそ世界の裏側を操る真の黒幕ではないか」
と考え始める。
一方の晴人は、そんなことなど露ほども知らず、
「最近仕事増えてきたな! そろそろコピー機買えるかも!」
と喜んでいた。
しかし、数々の偶然には一つだけ説明のできないことがあった。
晴人の周囲では、なぜか**「異常なものほど普通になってしまう」**のである。
悪霊は説教されると反省し、魔法陣は植木鉢を置かれると止まり、異界の門は晴人が「そこ通路だから閉めて」と言うと本当に閉じる。
それは圧倒的な力ではない。
敵を倒す能力ですらない。
ただ、世界の異常を強引に「日常の側」へ引き戻してしまう、極めて奇妙な性質だった。
やがて晴人は、自分でも知らないその性質によって、本当に世界の中心へ近づいていく。
けれど最後まで、彼がやることは変わらない。
困っている誰かがいれば助ける。
壊れているものがあれば直す。
揉めている人たちがいれば、とりあえず話を聞く。
世界が滅びそうなら――。
「今日中なら割増料金になりますけど、それでもいいですか?」
これは、世界を支配する気など一ミリもない青年が、周囲から世界最大の黒幕だと勘違いされながら、本人の知らないところで何度も世界を救ってしまう物語。