あらすじ
後宮の外れ、誰も訪れぬ森の別院で「森の閑古鳥」と陰口を叩かれる浅葱(あさぎ)。絹擦れの違いも、壁越しの呼吸も聞き分けるほど耳が鋭いが、「淑女たるもの聞かぬふりをせよ」という後宮の掟のもと、その力をひたすら隠して生きてきた。
一方、寵姫として讃えられる白牡丹こと花蓮(かれん)は、誰もが振り返る歌声を持ちながら、その心の内を誰にも打ち明けられずにいる。
見られる者と、聞く者。住む世界が違うはずだった二人は、日食の夜、森の奥に祀られた「百年に一度しか鳴らない」と伝わる鐘――誰ひとりその音を聞いた者がいないがゆえに実在すら疑われてきたその鐘の音を、たった二人だけで耳にしてしまう。
次の瞬間、浅葱は寵姫の身体で目を覚ました。
証言する者のいない音は、本当に「鳴った」ことになるのか。密室のような後宮の中で、聞かれなかった声と、見られなかった真実が、いま入れ替わる。