あらすじ
父の署名を、わたしが偽造した。領地と、二百七人の小作人の冬を守るために。
その罪を裁いたのは、どんな嘘も見抜く男だった。「灯視卿(とうしきょう)」セヴラン。嘘をつけば、その人の影がほんの一拍ずれる――彼の目は、それを必ず捉える。言い逃れなんて、できるはずがなかった。
だから、覚悟を決めて、全部、本当のことを話した。そうしたら、彼は言った。
「私と結婚すれば、この偽造は、夫が家の内で収める私事になります」
灯視官は、法で、配偶者にだけはその力を使えない。すべてを見抜いてしまう人生に疲れ果てた彼が欲しかったのは、たった一人、「見なくていい相手」なんだそうだ。
こうして、わたしたちの結婚生活が始まった。ここでは、嘘をついてもいい。桶のお湯がぬるくても「十分です」と言えるし、眠れなくても「よく休めました」と言える。
彼は、わたしに触れない。何も求めない。すぐに立ち去る。なのに、馬車にはいつも膝掛けが置いてあって、廊下の灯は夜通し消されなくて、紅茶はいつも、わたしの好きな淹れ方で書斎に用意してある。
……全部、仕事のうち。そう思うことにした。だってわたしは、彼にとって「顔のついた条文」。選ばれる側の人間じゃない。
それに――この人の前でだけ、わたしには、嘘か本当かがわからないのだ。