あらすじ
大国・朧(ろう)の後宮。その最奥の浣衣局(かんいきょく)——汚れた衣を洗う、宮中で最も日の当たらない部署に、燕(イェン)という娘がいた。無口、無表情、仕事だけは異様に早い。評判は「気味の悪いほど要領のいい浣衣女」。本人いわく「ようやく掴んだ、普通の娘の人生」である。
だが燕には言えない育ちがあった。刑場の屍衣(しい)剥ぎの老婆——かつて大理寺(たいりじ)随一と謳われ、冤罪で宮廷を追われた伝説の検屍官・鴉婆(ウーポー)に拾われ、十五年、死体と暮らしてきたのだ。死に顔の筋肉の緩みから最期の感情を読み、爪の色から毒を見抜き、屍斑の位置から「動かされた死体」を暴く。それが彼女の「普通」だった。
ある夜、浣衣局の水場に、寵妃・蓮貴人(リエンきじん)の亡骸が流れ着く。公式には「三日前に病死し、既に葬られた」はずの妃の、二度目の死体だった。
隠蔽を図る宮廷。疑われる浣衣女たち。そして燕は気づいてしまう——蓮貴人の死に顔が、『怒り』でも『苦しみ』でもなく、『安堵』で緩んでいることに。「助けて」と死んだ人間の顔じゃない。これは、「やっと逃げられた」と死んだ人間の顔だ。
言うまいと思った。言えば、十五年隠してきた育ちが暴かれる。目立てば殺されるのが後宮だ。それでも燕の口は、師匠に叩き込まれた掟のとおりに勝手に動いた。
「——この人、淹れ(おぼ)れてません」
その一言が、棺の中の嘘を、宮廷の底から引きずり出していく。屍の言葉を読む娘と、秘密を抱えた美貌の宦官・寒宵(ハンシアオ)が織りなす、後宮検屍奇譚。