あらすじ
「棺の蓋を閉めないでください。この方は、まだ死んでおりません」
三年前、侍医長の死亡判定に異を唱え、「不吉な納棺師はいらない」と王宮を追われたイルゼ。下町で死者を送り続けてきた彼女は、亡き母を送った縁で、二十歳の女公爵ロザリンデの国葬に呼ばれる。
けれど棺の中の身体には、死者と食い違う三つの徴候があった。生きた肌でだけ粒になる銀の清め油。三日経った身体に残るはずの、沈んだ血の痕がないこと。そして奥歯の裏に溶け残った、兵を仮死のまま運ぶ軍の秘薬《冬眠樹脂》。
封棺まで、あと指二本。
葬儀を急ぐ侍医長は「追放された腹いせだ」と彼女を兵に排除させようとし、国葬を監督する王室司法官だけが問う。何を根拠にそう言うのか、と。
死者に触れてきた手が、生きている手を見分ける。集まった貴族と領民が見守る中、納棺と逆の手順で、イルゼは女公爵を温め始める――。
これは、死を送る仕事を蔑まれた女が、その仕事で一人の命と国の仕組みを変えるまでの物語。