あらすじ
スーパーのレジに並んでいた時、五歳の湊が突然、いちご柄の子ども用歯ブラシを一本手に取った。背伸びをして、レジ台の上に置く。
「湊、歯ブラシならもうあるでしょ?」
何気なくそう言うと、湊は歯ブラシを胸に抱えた。
「これ、ぼくのじゃないよ。妹にあげるの」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「妹って?」
湊は、隣でカートを押していた夫の拓真を見上げた。
「いるよ。パパが、妹が歩けるようになったら一緒に遊びに行こうって言ってたもん」
買い物袋を開いていた手が止まった。
「いつ、そんな話したの?」
「ママがお仕事で遅かった日」
湊は少し考えてから続けた。
「パパと莉奈さんのおうちに行ったの」
「莉奈さん?」
「うん。おなか、すごく大きかったよ。赤ちゃんいるんだって」
拓真の顔から表情が消えた。
「湊、適当なこと言うな」
湊は慌てて首を振った。
「嘘じゃないよ。莉奈さん、赤ちゃんが生まれても――」
「湊!」
鋭い声に、子どもの手がびくりと震えた。
いちご柄の歯ブラシが床へ落ちる。
私はしゃがんで拾い、棚には戻さず、そのまま買い物かごへ入れた。
拓真がこちらを見る。
「子どもの勘違いだ。真に受けるなよ」
「そう」
会計の直前、同じいちご柄の歯ブラシをもう一本取った。
拓真に差し出す。
「来週も莉奈さんの妊婦健診に付き添うんでしょ。ついでに渡しておいて」