あらすじ
異世界の城壁都市、その片隅に少し変わった食堂がある。
店の名は《持ち込み食堂》。
決まった献立はない。
必要なのは、客が自分で食材を持ってくること。
魔物の肉でも、巨大な魚でも、森で採った茸でも、故郷から届いた野菜でもいい。
「食べられるものなら、なんとかしますよ」
そう言って厨房に立つのは、数か月前、何もない草原で倒れていたところを発見された料理人――鏡悠斗。
彼がどこから来たのか、この世界の誰も知らない。
そんな店には今日も、さまざまな事情を抱えた客がやってくる。
冒険者を辞めるべきか迷う男。
亡き夫との思い出の味を探す老婦人。
家族とすれ違った職人。
人間を嫌う魔族。
故郷へ帰れなくなった旅人。
彼らが持ち込むのは、食材だけではない。
後悔や迷い、思い出、そして誰にも話せなかった悩みも一緒だ。
悠斗に人生の答えは分からない。
できるのは、持ち込まれた食材を一番うまいと思える料理に変えることだけ。
けれど同じ卓を囲んだ見知らぬ誰かの言葉が、ときに客の背中をそっと押す。
かつて励まされた客が、いつか別の客を励ますこともある。
そうして料理から生まれた縁が、人から人へつながっていく。
そして百人の客と出会ううち、悠斗自身が隠してきた「故郷」も少しずつ明らかになっていく。
これは、料理だけですべてを解決する物語ではない。
それでも温かい一皿と誰かの言葉があれば、人は昨日よりほんの少しだけ前へ進める。
百人の客、百の食材、百の人生。
今日、《持ち込み食堂》の扉を開けるのは――どんな客だろう。
最後に、自分の人生を選ぶことになる、一人の料理人の物語。