あらすじ
後宮に生きる者は、皆一様に「毒」を恐れる。だが、蘇玉蘭(そ・ぎょくらん)だけは違った。
大燕国後宮、重陽の宴。皇太子妃候補・董貴妃に供された酒杯から一服の毒が検出され、給仕を務めていた最下位の妃、玉蘭に嫌疑がかけられる。かつて宮廷医官の家系でありながら、先代の毒殺未遂事件で一族もろとも地に落とされた「蘇家」の娘――その血筋こそが、何よりの証拠だと。
証拠不十分のまま下された沙汰は、死一等を免じての格下げ。しかも配属先は、後宮でもっとも過酷な部署と噂される尚食局、毒見内侍。毒に慣れた頃には大抵の者が命を落とすという、事実上の緩慢な処刑場である。
同情の目を向ける女官たちをよそに、当の玉蘭は独り、震える声で呟いた。
「厨房に、いつでも入れる……?」
震えていたのは、恐怖ではなく歓喜だった。
薬草と毒の見分けなら、後宮の誰よりも自信がある。そして何より、玉蘭は甘い物に目がない。妃の位を剥奪されたことも、命を狙われる立場になったことも、彼女にとっては些末な問題でしかなかった――ただし、後宮を揺るがした本当の毒殺未遂の真相に、誰よりも早く気づいてしまったことを除いては。
「毒婦」と謗られながら、玉蘭は今日も後宮の闇に、静かに匙を差し込む