あらすじ
箱に詰められて海を渡った西国の娘は、この国で「人形妃」と呼ばれた。位はある。名は呼ばれない。毎朝わたしの髪を梳く皇帝が、名前だけは一度も訊かないのだ。
わたしは布屋の娘だ。糸の撚りも、縫い目のずれも、香の抜け方も読める。人形は喋らないことになっているから、みんなわたしの前では嘘をつかない。
そうして聞き集めるうちに、この後宮がおかしいことに気づいた。名簿に、位だけがあって名前のない行が九つある。三年前から誰も住んでいない宮に、毎晩、灯りがつく。
四十年で、二十七人が消えていた。誰も殺していない。ただ、宴の夜に隣の椅子が肘ひとつぶん外へ動いただけだ。
そして、消えかけているのは、たぶん、わたしだった。
——陛下。わたしの名前を、帳に載せてください。
布と匂いで後宮の空欄を解く異国の娘と、名を呼べない皇帝の、百六十日。
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【登場人物】
◇リディア
西国の布商人の娘。十八歳。「生きた人形」として献上され、人形妃の位を与えられる。人形は喋らないことになっているので、何を言っても情報として扱われない。布と香と西洋の知識だけが武器。感じたことを素直に認めない癖がある。
◇玄耀(げんよう)
二十三歳の皇帝。無口で、不器用で、政務では容赦がない。毎朝リディアの髪を梳き、リボンを結び、衣を選ぶ。「綺麗だ」以外の言葉を使わない。そして、決して彼女の名を訊かない。
◇小白(シャオバイ)
人形の間を三代にわたって掃除してきた宦官。要領を得ないことしか言わないが、この後宮で唯一、誰のことも忘れない。
◇瓊玉(けいぎょく)
東の宮の妃。嫌われていることを自分の武器にしている。この宮で唯一、本当のことを大声で言う人。
◇藍月(らんげつ)
笑わない妃。「目に映るものだけ見ていると、ときどき外すわよ」とリディアに告げる。
◇皇太后
四十年前に西から嫁いできた人。誰にも名を呼ばれないまま、自分の衣を自分で繕い続けている。
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全44話・完結済。中華後宮ミステリ×スローバーンの恋。