あらすじ
王宮侍女として働くリゼット・アーヴェルには、これといった才能がない。
魔法が使えるわけでもない。
剣が強いわけでもない。
貴族としての弁舌に長けているわけでもない。
ただ、人の顔色を見て、部屋の埃を見て、食事の減り具合を見て、書類の誤字を見つけることだけは得意だった。
そんな彼女が十年間勤めた王宮を辞めることになった。
理由は単純。
「あなたは地味すぎるのよ」
王太子の婚約者となった公爵令嬢から、そう告げられたのである。
ちょうどいい。
ならば田舎に帰って、静かに暮らそう。
そう思ったリゼットだったが、退職届を提出した翌日。
なぜか国王陛下から呼び出される。
「そなた、王太子の側近になれ」
「……侍女の私が、ですか?」
「うむ」
「理由を伺っても?」
「そなたが一番、王太子のことを理解しているからだ」
「そんなことはありません」
「では聞こう。王太子が昨日、夕食を半分残した理由は?」
「胃薬を飲んでいましたから」
「今朝、会議を三十分早めた理由は?」
「昨日の会議で財務官が眠そうだったので、昼寝の時間を確保するためです」
「昨日、王太子が侍従長に怒られていた理由は?」
「陛下への報告書に、陛下の名前を二回間違えて書いたからです」
「……」
「……?」
国王は頭を抱えた。
本人だけが知らなかった。
十年間、彼女が何気なく片付けてきた小さな問題の数々が、実は王宮の危機を何度も救っていたことを。
そして王太子自身もまた――
「僕は、君に辞められると困る」
彼女が思っていた以上に、彼女を必要としているようです。