あらすじ
大和の朝廷、紫雲殿(しうんでん)。 ここに、「鈍(どん)の鶯」と陰で呼ばれる下級女官がいる。
名を初鳥(はつとり)。十九歳。 他人の問いに返事が一拍遅れる。呼ばれても振り向かない。妃御子たちのお茶会でも、ぽうっと壁を見つめている。 ——誰もが思っていた。あの娘は頭が弱いのだ、と。
違う。
彼女は、聞いていたのだ。 部屋に染み付いた「声の残り香」を。 三日以内にその場所で交わされた言葉が、木霊のように彼女にだけ反響して聞こえる。人と同時に喋られようものなら頭が割れそうになるから、返事が遅れる。それだけのことだった。
ある夜、紫雲殿の書院に皇后の毒見役が倒れる。死因は毒殺。残された杯は空。 だが初鳥には聞こえていた。杯が乾く前に、書院の梁が囁いた声が——
「この薬は、毒ではございませぬ」
誰かが、嘘の本当を告げていた。 宮中を揺るがす連続「無毒殺人」の幕が上がる中、初鳥は推論を口にできない。能力が露見すれば「物の怪憑き」として斬られる。 ゆえに彼女は選ぶ。黙ったまま、行動で全員を誤解させながら真相へ近づく道を。
「鈍の鶯は、貴女の嘘を全部聞いている——」 誤解と残響が織りなす、口惜(くちお)しや系・宮廷木霊譚、開幕。