あらすじ
午後十一時五十九分。
「願いの行き場がなくなった場所」にだけ、小さなパン屋が現れる。
店主の名前は、毛むくじゃらこ。
もふもふで、赤いリボンで、ぐうたらで、よく寝坊する。
そして――2500万歳の、暗黒魔導師である。
「うーん。難しいね。……とりあえず、焼く?」
彼女のパンは、願いを叶えない。
手紙を開ける勇気を返す。選べる未来を増やす。別れを選ぶ自由も、ちゃんと残す。
星のかけら、月のしずく、暗黒粉、そして「ひとつまみの寂しさ」。
焼き上がったパンは、時空を越えて届けられる。「お届け物です、受け取って!」
そんな店に、賢者院の記録官トワがやってくる。
彼女は願いの魔法を恐れていた。幼いころ、家族の願望術で兄は助かった。けれどその代わりに、遠い誰かの「助かる可能性」が奪われていたと知ったから。
そして、ある夜。
八十年前へ荷物を届けて帰ってきた毛むくじゃらこの町から、小さな診療所がひとつ消えていた。
覚えているのは、薬師のセナだけだった。
「食べません。あなたのパンは」
やさしい魔法は、誰も傷つけないはずだった。
2500万年ぶんの善意が、いま、少しずつ世界をほどいていく。
――他人の願いを届けつづけた彼女に、たったひとつだけ、届かなかった荷物がある。
宛名のないその箱に、ようやく名前が浮かぶ夜の話。ファンタジー