あらすじ
第一話
<あらすじ>
コロナ禍下の東京。その人気とは裏腹に空虚な日々を送る俳優・穂積朔のもとに、旧知の映画プロデューサー・安堂から、若手監督・鹿子澤玲の映画『陽炎』への出演依頼が舞い込む。玲の独特な感性に興味を持った朔は、普段のイメージとは違う汚れ役を引き受ける。玲の容赦ない演出に翻弄されるうちに、長い間忘れていた芝居への情熱が蘇ってくる朔。
クライマックスのロケ地である熊本へ出発する前日、撮影用の小道具を探すため、かつて共に暮らし、突然姿を消した恋人・岡登十岐の私物が今も残されたままの部屋へ足を踏み入れる。朔は生死さえわからない十岐をいまだ忘れられずにいた。
一方、阿蘇では十岐が現在の恋人・直樹と暮らしていた。朔が阿蘇に来ていることを偶然に知った十岐は、七夕の短冊に願い事を書くような気分で、朔の携帯電話へショートメールを送る。
「明朝五時大観峰展望所」「来なくてもいい」
朔のもとに登録のない番号からのメールが届く。文面の癖から送信者が十岐だと直感した朔は眠れないまま夜明け前の大観峰へ向かう。十三年ぶりに再会する朔と十岐。懐かしさとぎこちなさが交錯する中、朔は十岐の左腕が、義手になっていることに気付く。
第二話
<あらすじ>
十三年ぶりに再会した朔と十岐。夜明けの大観峰展望所で、朔は十岐が十年以上も前に左腕に大きな負傷したこと、現在は熊本で自転車整備士とサイクリングガイドをしていることを知る。十岐もまた、朔が今も十三年前と同じマンションで暮らしていることを知り、黙って姿を消したことを詫びる。消えた理由を聞けないまま仕事の時間が迫った朔は、小道具として持参していた十岐のスキットルを返すことを口実に、もう一度会う約束を交わす。
物語は、二人が出会った十七年前の、二〇〇五年へ遡る。
二十五歳の朔は学園ドラマの撮影現場での休憩時間に、誰もいない教室の窓辺に佇む一人の少年に目を奪われる。岡登十岐、十六歳。エキストラのアルバイトとして参加していた十岐は、撮影中は大勢のエキストラに完全に溶け込む一方、カメラが止まれば不思議なほど目を引く存在感を放つ。その落差を不思議に思った朔は十岐に「役者を目指しているのか」と声をかけるが、会員制ラウンジバーで働き、バーテンダーを目指している十岐は役者になる気はないと答える。仕事を離れ、少しずつ互いの素顔を知っていく二人。休日に出かける約束をするが、待ち合わせが「朝の六時」と指定された十岐は、どこへ行くのかと訝しむ。
第三話
<あらすじ>
二〇〇五年秋。朔は十岐を、自身が所属する春日芸能の社員旅行に誘い、勝沼のぶどう園へ連れ出す。事務所社長に十岐のタレント性を尋ねるものの、返ってきたのは「素材はいいけれど」という平凡な評価だった。「穂積がスカウトなんて十年早い」「それより次の映画の準備を」と社長に窘められる朔。なぜ自分だけが、これほど十岐に惹きつけられるのか。朔はその理由を掴めずにいた。
次の作品の準備のため、大学生の弟・仁がアルバイトするアウトドアショップに出掛けた朔は、十岐が弟よりさらに五歳も年下の未成年であることを改めて意識する。
一方、「China Blue」に届いたワインセミナーの招待状に興味を持った十岐は、未成年ながらセミナーに参加する。そこで出会った講師は、ソムリエの加納隼矢。セミナーを終えた十岐は、加納を迎えに来た朔を偶然目撃し、二人の関係が気になり始める。朔との年齢差や住む世界の違いを意識しつつも、芽生え始めた感情に揺れる十岐。その年の大晦日。仕事を終えた朔は十岐に会うため、閉店後の「China Blue」を訪れる。店を出た二人の前に、雪が舞い始める。薄着の十岐に自分のコートを着せ掛ける朔。十岐は、朔が若い頃に出演した映画『伊豆の踊子』の台詞を真似て、「ほんとにいい人ね。いい人はいいね」と屈託なく笑う。
その姿が一瞬、映画の踊り子と重なって見えた朔は、十岐をこれまでと同じようには見られなくなっていることを自覚するが、その気持ちが十岐自身に対するものなのか、十岐の無自覚な演技へのポテンシャルに対すものなのかわからなくなり混乱する。
第四話
<あらすじ>
二〇〇六年元日。酔った朔を自宅まで送り届けた十岐は、部屋に残されたソムリエナイフから、朔と加納の親しい関係を察する。翌朝、慌てて電話をかける朔に少し拗ねる十岐だったが、通話を切った直後、一通のメールを送る。
「伊豆だったら、行ってもいいです。朔さん。」
三月。十七歳になった十岐。二人は約束どおり伊豆へ小旅行に出かける。『伊豆の踊子』のロケ地巡りを想像していた十岐に対し、朔が用意していたのは海釣り。噛み合わない旅の中で、十岐は「好きなんですか?俺のこと」と朔に問いかける。しかし朔は答えられず、二人は気まずいまま東京へ戻る。
一週間後。十岐が朔からの連絡を待ち続ける一方で、朔は加納との曖昧な関係に終止符を打つ。そして十岐と向き合う覚悟を決め、弟・仁の助言を頼りに慣れない手料理を用意して十岐を自宅へ招く。成人したら付き合ってほしい、と告げる朔。待つ代わりに、その間は誰とも「浮気」しないことを要求する十岐。「仕事のキスシーンも、カウントします。」と言われ、俳優の朔は困り果てる。
第五話
<あらすじ>
三年の約束を交わしてから、朔と十岐は「恋人未満」の関係を続けていた。十岐に振り回されながらも仕事に打ち込む朔。十九歳になった十岐はバーテンダーを目指して勉強を重ね、朔の部屋に入り浸っている。そんなある夜、何気なく台本を読んだ十岐が見せた芝居に、朔は圧倒される。二十歳になるのを一途に待ち続ける十岐への愛おしさと、自分にはない十岐の才能への嫉妬。相反するふたつの感情に揺れる朔。
二〇〇九年三月。二十歳を迎えた十岐は、朔の地方公演の千秋楽を観劇するため博多へ向かう。中州の屋台でビールで乾杯する二人。恋人としての新たなスタートを切る。
しかし数か月後、正式にバーテンダーとなった十岐の前に、過去を知る男・禄沼が現れる。十岐の過去の写真をネタに接待の相手をするか、金を払うかと二択の要求をする禄沼。十岐は写真のデータを取り戻すため指定されたホテルへ一人で向かう。内海からの連絡で異変を知った朔が駆けつけると、十岐を部屋に連れ込もうとしてた禄沼は、顔見知りのキー局のテレビプロデューサーだった。
朔の介入に苛立った禄沼は、十岐の過去を暴き始める。
「コイツはそういう商売のガキだからよ」
朔が初めて知る、十岐が隠し続けてきた過去。二人の関係は、思いもよらない形で揺さぶられることになる。
【帆翔飛行 第1話~第5話 主な登場人物】
■穂積 朔(ほずみ さく)
25歳(2005年)/42歳(2022年)
俳優。本名は「はじめ」。
本作の主人公。2005年、ドラマの撮影現場でエキストラとして参加していた十岐と出会う。
■岡登 十岐(おかと とき)
16歳(2005年)/33歳(2022年)
本作の主人公。
2005年当時は「China Blue」で働きながら、エキストラの仕事もしている。バーテンダーを目指し、内海を「師匠」と慕う。
2022年現在は熊本で自転車整備士・サイクリングガイドとして働いている。左腕は義手。
■ロク
十岐の飼い犬。ダルメシアン。
■安堂 守(あんどう まもる)
62歳(2021年)
映画プロデューサー。朔とは旧知の仲。
鹿子澤玲とともに自主映画『陽炎』を立ち上げ、朔に出演を依頼する。
■安堂の妻
安堂守の妻。
■鹿子澤 玲(かのこざわ れい)
25歳(2021年)
映画監督・脚本家。
映画『陽炎』の監督。人付き合いは極端に苦手だが、撮影では朔の芝居を徹底的に削ぎ落としていく。
■花井 舞(はない まい)
17歳(2022年)
俳優。映画『陽炎』の主要キャスト。
■宮本 航(みやもと こう)
17歳(2022年)
俳優。映画『陽炎』の主要キャスト。
■春日 真琴(かすが まこと)
9歳(2005年)/28歳(2022年)
春日芸能事務所社長の娘。
2022年現在は朔のマネージャーを務めている。2005年から朔と面識がある。2005年には9歳の「春日社長の娘」、2022年には28歳の朔のマネージャーとして登場する。
■ミツ(本名・穂積 充/ほずみ みつる)
45歳(2022年)
朔の兄。トランスジェンダー。
会員制ヘアサロン「spiderwort」のオーナーで、朔の専属ヘアメイクも務める。
■北里 直樹(きたざと なおき)
35歳(2022年)
熊本でパン屋を営む。
現在の十岐の恋人。
■内海 志々雄(うつみ ししお)
75歳(2005年)
会員制ラウンジバー「China Blue」のバーテンダー。
十岐が「師匠」と慕う人物。十岐にバーテンダーとしての技術を教えながら、その成長を見守る。
■春日瑤子(かすが ようこ)
44歳(2005年)
朔の所属する、春日芸能事務所社長。真琴の母。
■加納 隼矢(かのう しゅんや)
30歳(2005年)
ソムリエ。
朔とは私的な関係を持っているが、恋人同士ではない。
ワインセミナーの講師として十岐とも出会う。
■穂積 仁(ほずみ ひとし)
20歳(2005年)
朔の弟。大学生。
ワンダーフォーゲル部に所属し、アウトドアショップでアルバイトをしている。
■千坂 桂蔵(ちさか けいぞう)
65歳(2005年)
「China Blue」のオーナー。
■黒木 龍翅(くろき りゅうし)
28歳(2005年)
ミツの恋人。
■YURI(ユリ)
17歳(2005年)
アイドル。
朔と十岐が出会ったドラマ撮影で、女子生徒・葉山役を演じる。
■藤川 イサム(ふじかわ いさむ)
49歳(2009年)
舞台演出家。
■逢沢 弦(あいざわ げん)
24歳(2009年)
朔の舞台共演者。
■禄沼 栄光(ろくぬま ひでみつ)
55歳(2009年)
大和テレビのプロデューサー。
十岐の過去を知る人物。2009年、バーテンダーとなった十岐の前に現れ、過去の写真を材料に脅迫する。
【ロケーション】
作中の固有名詞、名称は、地名と公共機関、公共施設等を除き、すべて架空のものです。
■大観峰展望所
熊本県阿蘇市。阿蘇五岳と広大な草原を望む展望所。
二〇二二年七月七日、朔と十岐が十三年ぶりに再会する場所。夜明け前から朝へと移り変わる阿蘇の風景の中、二人は過去を抱えたまま並んで山々を眺める。物語の現在軸を象徴する場所。
■ホテル カルデライン阿蘇
熊本県阿蘇市。映画『陽炎』熊本ロケの撮影隊が宿泊するホテル。
阿蘇市中心部と大観峰の中間ほどにある、国道沿いのビジネスタイプのローカルチェーンホテル。朔が熊本滞在中の拠点とする。
■北里ベーカリー/北里直樹宅
熊本県阿蘇市。北里直樹が営むパン屋兼自宅。
二〇二二年現在、十岐が暮らしている場所。十三年前に姿を消した十岐が、現在は阿蘇に生活の基盤を築いていることが明かされる。
■朔のマンション(現在)
東京都武蔵野市・井の頭公園近く。
二〇二二年現在の朔の自宅。熊本ロケへの荷造り中、かつて十岐と暮らした頃の品々が残された一室へ足を踏み入れる。十三年間止まったままの過去と、朔の現在が同居する場所。
■安堂宅
東京都文京区根津。
映画プロデューサー・安堂守の自宅。朔が若手監督・鹿子澤玲と初めて顔を合わせ、映画『陽炎』への出演を決める。コロナ禍で停滞していた朔の時間が再び動き始める場所。
■映画『陽炎』東京編・撮影現場
東京都内のレンタルオフィス、撮影スタジオ、神奈川県横浜市中区・野毛都橋商店街ビル付近〜大岡川沿いなど。
鹿子澤玲の徹底した演出のもと、朔が俳優として芝居の面白さを取り戻していく場所。
■メトロポリタン・パブリッシング
東京都千代田区神田・古本屋街。
映画『陽炎』の取材が行われる出版社。朔と玲の対照的な性格や、撮影を通じて築かれた二人の関係が垣間見える。
■spiderwort(スパイダワート)
東京都渋谷区表参道。
朔の兄・ミツが経営する会員制ヘアサロン。ミツは朔の専属ヘアメイクも務めており、仕事と私生活の双方で朔を支える。
■Lounge Bar「China Blue」
東京都港区赤坂。
十岐が十代の頃から働き、師匠・内海志々雄のもとでバーテンダーを目指す会員制ラウンジバー。朔と十岐の距離が縮まっていく一方、十岐にとっては初めて自分で得た「居場所」でもある。二〇〇九年、十岐の過去を知る禄沼が現れたことで、その平穏が崩れ始める。
■十岐のアパート
東京都内。
十六歳の十岐が一人で暮らす小さなアパート。朔との電話やメールなど、十岐が一人になった時の素顔が描かれる場所。
■朔のマンション(回想編)
東京都目黒区。
二〇〇五〜二〇〇九年当時の朔の自宅。二人で映画を観たり、朔が十岐のために料理に挑戦したりと、仕事を離れた時間を重ねていく場所。三年間の約束を経て、二人の関係が大きく変わる場所でもある。
■プレジール勝沼ぶどう園
山梨県甲州市勝沼。
朔が十岐を春日芸能の社員旅行へ連れ出すぶどう園。十岐は真琴ら朔の身近な人々と初めて接する。周囲には平凡に見える十岐に、なぜ自分だけが強く惹きつけられるのか、朔が疑問を抱き始める場所。
■豊穣商事/ワインセミナー会場
神奈川県横浜市。
十岐が内海の許可を得て参加する、ワインとカクテルのセミナー会場。バーテンダーを目指す十岐が専門的な世界へ踏み出す一方、講師として参加していたソムリエ・加納隼矢と出会う。
■下田港/竜雲丸
静岡県下田市。
二〇〇六年三月、朔と十岐が初めて二人だけで出かける伊豆旅行の舞台。朔が用意したのは、十岐が期待していた『伊豆の踊子』ゆかりの地巡りではなく海釣り。小型釣り漁船「竜雲丸」で十岐は船酔いする。
■竜雲荘
静岡県下田市・下田港近くの釣り宿。
船酔いした十岐を朔が介抱する中、十岐が初めて「好きなんですか? 俺のこと」と朔に問いかける。曖昧だった二人の関係が初めて言葉として問われる場所。
■踊り子号
伊豆から東京へ戻る列車。
伊豆旅行の帰路、答えを出せない朔に対し、十岐が「俺の気持ちとか、一度も考えたことないでしょ?」と告げる。二人の関係に初めて明確なすれ違いが生まれる。
■九十九里海岸
千葉県山武郡九十九里町。
二〇〇七年、朔が広告撮影で訪れる海岸。三年間の約束を交わしてから一年後、なお一線を守りながら十岐との関係を楽しむようになった朔の変化が描かれる。
■博多
福岡県福岡市。
二〇〇九年、二十歳になった十岐が、地方公演中の朔を驚かせるため一人で訪れる。三年間待ち続けた二人が、約束の終わりを目前にする場所。
■オーレリアグランド東京
東京都内の高層ホテル。
二〇〇九年七月、禄沼から過去の写真を盾に脅された十岐が、一人で向かうホテル。指定されたのは「4512号室」。朔が知らなかった十岐の過去が露見し、二人の関係を大きく揺るがす事件の舞台となる。