あらすじ
むかしむかし。人が空を飛ぶ鉄の鳥を走らせ、機械にお茶を淹れさせていたころのお話です。
ある町に、小さなカフェがありました。
店にはアルトという主人と、エルという給仕用アンドロイドが暮らしていました。アルトは口数の少ない男でしたが、エルが紅茶を運ぶたび、かならず「ありがとう」と言いました。
けれど、灰の降る夜に世界はこわれました。人は屍となり、町は草にのみこまれ、アルトもまた帰らぬ人となりました。
それから十一年。
エルは誰もいないカフェを掃除し、動かない時計を巻き、帰らない主人の席にぬるいお茶を置きつづけました。
ある朝、店の戸がきしみました。
入ってきたのは、灰色の肌をした、一体の屍です。
屍は言葉を話せません。ただ、崩れかけた指で一輪の花を差し出しました。
次の日も、その次の日も。
屍は花を運びました。
やがてエルは知ります。その屍こそ、死ねなかったご主人様、アルトだったのです。
アルトの体は、少しずつ崩れていきます。エルは、彼の心だけでも救おうと、意識を保存できるという北の施設《アーカイヴ》を目指します。
けれど、二人を待っていたのは、やさしい奇跡ではありませんでした。
二人の記憶をひとつにして残すには、花をうれしいと思う気持ちも、待ちつづけた寂しさも、愛した記憶に宿るぬくもりも、すべて失わなければならないのです。
これは、言葉をなくした屍と、心を知ってしまった機械が、世界の終わりに交わした、いちばん長い「おかえり」の物語です。