あらすじ

東京でITやAIの仕事に携わっていた結城恒一、三十二歳。祖父の入院をきっかけに、十四年ぶりに故郷・朝霧町へ戻ってくる。 そこにあったのは、子どもの頃と変わらないように見えて、少しずつ姿を変えた故郷だった。 人の減った集落。閉じた商店。耕作放棄地を覆うクズやセイタカアワダチソウ。大きく育った森では、アカマツやナラが突然枯れていく。一方、田植えを終えた田んぼではカエルが大合唱し、川にはドジョウやサワガニ、カワエビがいる。夏の夜には蛍が飛び、秋には赤とんぼが里へ下りてくる。 昔は、タナゴがバケツいっぱい釣れたという。カジカも、川シジミも、梅花藻もあった。けれど、それを知らない世代にとって、失われたものは最初から存在しなかったものと同じだった。 春の水路さらい。草刈り。倒木処理。森林境界。雪かき。祭り。高齢者の送迎。「仕事がない」と言われる地域には、実は数え切れないほどの仕事があった。ただ、それらは「仕事」として扱われていなかった。 恒一は、看護師の彩香、山を知り尽くす浩一郎、口の悪い老女フミ、故郷を出ようとする美羽、東京から移住してきた圭吾、都会に残った旧友・蓮たちと関わりながら、少しずつ問い始める。 人が減っても、山は減らない。川も、道路も、土地も消えない。では、誰が守るのか。 外から企業や資金を呼ぶだけで、地域は本当に豊かになるのか。AIやドローンは、人に代わるものなのか。都市と地方は、支える側と支えられる側なのか。 やがて恒一たちは、森林、水、農地、空き家、廃校、技術、人の経験といった「まだ使い方の決まっていないもの」から、新しい仕事と地域の形をつくり始める。 しかし、町の未来を考える恒一に、彩香は問いかける。「それで、あなた自身はどうするの?」 結婚。子どもの誕生。豪雨災害。そして、フミとの別れ。地域の問題だったものが、やがて恒一自身の家族と人生の問題になっていく。 一人が生まれることは、人口が一人増えることではない。一人が亡くなることも、人口が一人減るだけではない。その人が持っていた記憶、技術、人とのつながりまで失われていく。 朝霧町で始まった小さな問いは、やがて都市、行政、社会保障、税、国土、そして政治へと広がっていく。 けれど、この物語は何も示せない。地方に残ることも、都会へ出ることも、技術を使うことも、昔の暮らしを変えることも、答えは一つではない。 百年後、この森がどうなっているのか。この町が残っているのか。誰がここに暮らしているのか。それは誰にも分からない。だからこそ、未来は選べる。 物語の最後、恒一は幼い娘・あかりと、春の水路に立つ。「なんでこれやるの?」五年前、自分自身が抱いた問いを、今度は娘から尋ねられる。 水は山から田へ、川へ、街へ、都市へ、そして海へ流れていく。その先に暮らす、顔も知らない誰かへ向かって。 そして物語は、読者へ一つの問いを残す。 あなたは、どんな未来を選びますか。

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カクヨム
カクヨム2026/08/17
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