あらすじ
「耳の役は要らない。弦の数を数える者がいればよい」——十一年この家の音を合わせてきたわたくしに、家令はそう申しました。
部屋の湿りで弦の緩みが違い、前夜の冷えで下がる弦が違います。雨の続いた週は低いほうから、火を焚いた翌朝は高いほうから。壁に留められるのは今朝の順だけで、その日の聞き分けは全部この耳の中にございました。
合わせる順を書いた紙は剥がされ、廊下の柱には弦数と人数が貼り出されました。「音など、表のとおりに締めればよい」。左様でございますね。数でよろしいのでしたら、表は残してまいります。
締め具も音叉も、壊しも持ち出しもいたしません。
夏のあいだは何も起きません。誰も弾かないのですから。「ほら、変わらん」と仰いました。変わらないことが、いちばん怖い時間でございます。
冬の集まりで弾き始めると、部屋の端の楽器から順に半音低うございました。誰も怒鳴りません。ただ翌週から招きの返事が減るだけでございます。
自分の仕事場を持ったわたくしの前で「戻ってくれ」と仰った家令へ、静かにお返しするお話。