あらすじ
この国では、生まれ持った『紋章』が全てを決める。
血で継いだ『本紋』を持つ者が武将となり、そこから『直印』『分印』『端印』と、力は上から下へ配られていく。何ひとつ持たない農民は、ただ踏まれて死ぬ。
俺の村には、年に一度、笠を被った領主が来た。
成人した村人から十人を選び、その胸に手を当て、端印を与えていく——『御加護の儀』。
だが、紋章の血を持たない体は、上から零れた滓(かす)ですら耐えられない。三日だけ笑い、四日目に胸の黄色が濁り、内側から焼けて死ぬ。
親父も、お袋も、そうやって死んだ。
十五の秋。俺は袖に砥いだ刃を隠し、初めて広場に立った。
力さえ宿れば、手を当てられている間、あの笠との距離は一歩もない。
——だが、俺の胸には、何も起きなかった。
「……まだ空(から)だな」
御加護すら受けられなかった、村一番の出来損ない。
その空っぽだけを頼りに山へ登った俺が手に入れたのは、光りもしない黒い渦【無の紋章】。
己の力は何ひとつ持たず、素手で他人の印に触れ、喰らうことしかできない——底の抜けた器だった。
そして俺は知る。
この国の頂には、五つの大名家すら手の届かぬ【御三家】が君臨していること。
破壊の織田。支配の豊臣。予知の徳川。
奴らの【神紋】は強大に過ぎるがゆえ、普段はその一部しか解き放てないこと。
だが数十年に一度、力が満ちた時——奴らは全てを喰らい、歴史ごと武将たちを消してきた。
そして次の周期は、もう間近に迫っている。
「満ちる前に、こっちが喰えばいいだけの話だろ」
紋章なき野良犬が、頂点を喰い上げる。
何ひとつ与えられなかった男が、全てを奪って神になるまでの物語。