あらすじ

「あれは前任者の代わりですから、手当は後でよろしいでしょう」——雇い札にそう書かれて十六年。後で、と言われ続けております。 葡萄酒の澱が締まる速さは、樽の置き場所で変わります。雨の続いた年は南の樽から先に、宴の三日前に栓を替える樽は後へ回す。壁に留められるのは今週の日だけで、その日の読みは全部この頭の中にございました。 引く日を書いた紙は剥がされ、廊下の柱には樽の本数と人数が貼り出されました。「澱など、月の初めに一斉に引けばよい」。左様でございますね。わたくしがいなくても、お館は回ります。 では、澱引きの控えをお返しいたします。漏斗も栓も、壊しも持ち出しもいたしません。 三月は何も起きません。棚には引き置きの瓶がございます。「ほら、変わらん」と仰いました。変わらないことが、いちばん怖い時間でございます。 冬の宴、棚が空いた週に栓を抜くと、端の瓶から順に濁っておりました。誰も怒鳴りません。ただ翌週から招きの返事が減るだけでございます。 自分の仕事場を持ったわたくしの前で「戻ってくれ」と仰った家令へ、あの一句をそのままお返しするお話。

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小説を読もう2026/08/16
  • 現在の作品「代わりの者は用済みだ」と手当を十六年後回しにされたので、澱引きの控えを置いて酒庫を出ます。冬、瓶が濁ります