あらすじ
生まれつき、私の世界には音がない。
家鋪京子――キョーコ、25歳。
言葉を話すことのできない聾者であり、福祉の現場を経て国家公務員試験を突破した、厚生省の若手官僚。
私には夢がある。
「助けて」と言えない人まで、ちゃんと見つけられる福祉をつくること。
ところが霞ヶ関で待っていたのは、法律、予算、前例、縄張り、既得権益。そして、とんでもなく濃い官僚たちだった。
やがて私の戦いは霞ヶ関を飛び出し、政治の世界へと広がっていく。
そんな私にも、帰る場所がある。
五年間のアメリカ留学から帰ってきた、最愛の人――舘翔子。
ヒグマを素手で倒し、異常な量の飯を食い、言葉はいつも足りない。おまけに頭の中には天才マッドサイエンティストのデジタル意識まで住んでいる。
そんな彼女と暮らす、北河内・淀川河川敷の竹林に囲まれた古民家。
仕事から帰れば、二人で飯を食う。
喧嘩もする。
笑いもする。
変な隣人も勝手に上がり込んでくる。
世界を変えるような大事件より、そんな何でもない日常が、私は一番好きだった。
福祉とは何なのか。
制度は誰のためにあるのか。
政治の力で、人はどこまで救えるのか。
難しいことは、霞ヶ関の偉い人たちに任せておけばいい。
私が欲しかったものは、案外もっと単純だったのかもしれない。
腹を空かせた人が飯を食えること。
声を上げられない人も、そこにいると気づいてもらえること。
そして明日も、最愛の人と同じ食卓を囲めること。
これは、音のない世界を生きる私と、いつも言葉の足りない彼女が、福祉と霞ヶ関と政治の世界を駆け抜けながら、「何でもない日常」へ帰ろうとする物語。
昭和から平成へ。
笑って、食べて、戦って、愛した。
家鋪京子と舘翔子――二人の女の、ちょっと変わった愛の一代記。