あらすじ
夏季休暇中の遊泳事故で命を落とした高校生、深山春臣。
死後、不思議な草木の気配に包まれたと思った次の瞬間――彼は異世界の男爵家の赤ん坊として生まれ変わっていた。
その名は、奇しくも前世と同じ――ハルオミ。
ハルオミ・グラント。
周囲から『悪徳領主』と囁かれるグラント男爵家の嫡男だった。
ところが成長するにつれ、ハルオミは知る。
強面で人間嫌いの父も、冷たい目をした母も、本当は悪人ではない。
かつて信頼していた友人に裏切られ、領地で最も肥沃な土地を奪われたことで心を折られてしまっただけだった。
残されたのは痩せた土地。
実らない畑。
貧しい村々。
それでも最低限の責務だけは果たしながら、両親はすべてを諦めていた。
――このままじゃ、家も領民もまとめて終わる。
見ていられなくなったハルオミは、領内の農地を視察することにする。
そして――転んだ。
「若様ぁっ!?」
口いっぱいに土が入った。
農民たちが処罰を覚悟する中、ハルオミはなぜか土を吐き出さず――。
もぐ。
もぐもぐ。
「……若様?」
その瞬間、頭の中へ膨大な情報が流れ込んできた。
土壌の状態。
不足している成分。
育ちやすい作物。
そして――この死にかけた土地を蘇らせる方法。
どうやらハルオミは、転生する際に『豊穣の神』から加護を授かっていたらしい。
ならば、やることは一つ。
「俺を転ばせた責任を取りたいんだろ?」
「は、はい!」
「ならこの畑を全部掘り返せ」
「…………はい?」
「家畜の糞も、藁も、枯葉も集めろ。二度言わせんな」
こうして始まった、小さな畑の土壌改良。
もちろん、すべてが順調に進むわけではない。
肥料作りに失敗する。
虫が湧く。
作物が枯れる。
農民と意見がぶつかる。
金が足りない。
水も足りない。
商人からは足元を見られる。
それでもハルオミは、一つずつ問題に物申していく。
「前例? 前例食ったら腹が膨れるのか?」
「働いた奴に飯食わせねえでどうすんだよ」
「ガキが腹空かせてんの放っとけるか。余り物だ、持ってけ!」
「礼なんかいらねえ! その分働け!」
口は悪い。
態度も悪い。
素直でもない。
だけど困っている者を放っておけない。
やがて一枚の畑から始まった改革は村へ。
村から男爵領へ。
そしてハルオミの名は、かつて父を裏切った貴族、王都の大貴族、王族、さらには国境の向こうへと届き始める。
本人が正体を知らない王女。
なぜか腐れ縁になった、食糧難に苦しむ隣国の王子。
学園で出会う未来の権力者たち。
増えていく婚約者候補。
暗躍する邪神崇拝者。
そして、いずれ大陸全土を巻き込む戦争へ。
これは世界を救おうとした英雄の物語ではない。
ただ目の前の理不尽が気に食わなくて、
腹を空かせている奴を放っておけなくて、
そのたびに物申していただけの――
口の悪い一人の令息の物語である。