あらすじ
「赤から抜ける。次に緑。最後に青」
薬師はそう言って、わたしの手に湯呑みを握らせた。
三年。あと三年で、わたしの目から色が消えるという。
わたしは染師。
この町でただ一人、〈夜明けの色〉を出せる。
東が白んでから、日が縁を出るまでの四半刻。
満月の翌朝の引き潮でしか剥がせない緋苔を、冷えきった川の水で染める。
――だから窯は、年に十二度しか立たない。
わたしの目が残っているあいだに立てられる窯は、あと三十五度。
辻に貼り紙を出した。弟子をとります、と。
来たのは二人。
全部書き留めるのに、不器用な紺屋の四女。
字が書けないのに、手だけが速い苔取りの子。
「藍より、少し暗い」
――そう言って、通じたことが一度もない。
わたしは、自分の見たものを人に渡す言葉を、ひとつも持っていなかった。
そして工房の戸口に、七年ぶりに兄弟子が立つ。
「教えるな、青。薄まるぞ」
「渡すなら俺に渡せ。俺の目はあと四十年もつ」
目の見えない仲買人だけが、布に触れてこう言った。
「――手前は、あなたの見ているものを、知りたいのですよ」
消えていく目で、消えない色を渡す三年が始まる。