あらすじ
大学四年生の僕(佐々木)は、月六万円の家庭教師の仕事を始めた。生徒は中学三年生の白石美月。派遣担当者は「四人の先生が一か月もたずに辞めた」と告げ、「お母様が少し変わっている」とだけ付け加えた。父は不在、母は介護施設にいて、僕を名指しで必要とする人間はいなかった。
通い始めると、美月は成績も態度も真面目な良い生徒だったが、ときどき姿が消え、足音がしなかった。母親は授業の前後に必ず声をかけてくる。ある日「二階が静かですね」と言われた。前の先生たちは誰もいない部屋に向かって大声で授業をしていたのだ。
十二月、母親は告げた。美月は二年前に白血病で亡くなったと。母親自身には美月が見えない。だから見える人を探していた。見る者がいなければ美月は消えると信じ、四年間、毎日声をかけ続けていた。僕に見えたのは美月の幽霊だった。
僕は逃げた。美月を一週間無視し続けると、彼女は薄れ、消えた。母親からの電話も無視した。だが三か月後、駅前で女子中学生とすれ違った瞬間、美月の記憶がすべて戻り、彼女が再び現れた。三か月間、僕を「先生」と名指しで必要としていたのは彼女だけだった。
半年後、僕は白石家の近くに引っ越した。日記には、髪が急に伸び、声が変わり、鏡を見なくなったこと、施設の母が僕を見て「あんた誰」と言ったことが記されていた。その秋、佐々木の姿を見た者はいなくなる。アパートの家賃は減らない残高から引き落とされ続け、机の上には美月の採点済みの答案が残されていた。白石家の窓には、夕方になるといまも人影が並ぶ。母親の隣に、人数はときどき増える。