あらすじ

平均気温が50度を超え、人々が昼を捨てた世界。夜に動く地下三層で、主人公の「俺」は排熱を回収して売り、妹のミナと暮らしている。ミナは地下育ちで、湯気もできたても知らない。  ある夜、俺は冷房配給チケット三日分を払って、闇市で本物の卵を一つ手に入れる。ミナは殻を透かして「動いてる」と言うが、俺自身も卵を食べたことはない。  翌日、俺は遮熱スーツ「殻」を着て、正午前の灼熱の地上へ向かう。殻は体を冷やす装備ではなく、外気と同化して熱い街に紛れるための膜だ。昼の地上では巡回ドローンのセミが冷たいものを探して飛び回り、汗をかけば命取りになる。母が正午の外で死んだ記憶を抱え、俺は旧高架へ向かう。崩れたビルの鏡が集める光の楕円の中で、かつて路地で店をしていた老人・ジンさんが、二十年ぶりに開けた油の缶を温めていた。  光の輪のうち、約130度の細い帯だけが卵を焼ける場所だ。俺は温度計でその位置を探し、殻を割って卵を油の上に落とす。ジュウという音、変わる匂い。だがその一瞬、感動で息を止めた俺の体は冷たい異物として浮かび上がり、セミが迫る。ジンさんは高価な水を路面に撒き、蒸気でセンサーを攪乱する。その隙に俺は焼けた卵を皿の破片で掬い、地下へ逃げ帰る。  ミナは焦げた卵を食べ、「あついね」と言う。卵はもう冷めている。それでもその言葉は、兄が命がけで持ち帰ったごちそうの名として、彼女の中に残る。三日分の涼しさ、水、油、母の死、昼の太陽――そのすべてが、一皿の卵に重なる。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
エブリスタ
エブリスタ2026/08/15
  • 現在の作品アツい日には卵を