あらすじ

全日本吹奏楽コンクール全国大会。上田幸一は、職場の同僚に招かれ、数年ぶりに客席に座っていた。登場したグランツ・フィルハーモニック・ウインズの自由曲、委嘱初演の交響詩『海鳴りの塔』。終盤、舞台裏から降ってきたアルトサックスの独奏が、二千人の聴衆を呑み込む。姿の見えない場所から届く、還らぬ者の声——名演だった。 だが終演後、ソリストであるコンサートマスター・氷室蓮司が、練習室で死んでいるのが見つかる。解剖の結果はトリカブト由来の毒物。だがどうやって氷室がトリカブトを摂取したのかは謎。そして「ソロが聴こえていた」という二千人の証言により、演奏中まで氷室は生きていたと確定し、ステージ上の団員五十五人全員に完璧なアリバイが成立してしまう。楽屋パスを持って出入りしていた部外者の上田が疑われる。 上田は録音を聴き込み、楽譜を読み解き、リードの色の矛盾に気づく。奏者が育て、選び抜き、口に含む一枚——音を生む道具そのものが、器だったのではないか。仮説が正しければ、氷室は開演前に死んでいたことになる。ならば、あのソロを吹いたのは誰なのか。 死者が最後に遺したのは、リードケースに並べ直された三枚のリード。そこに残されたダイイングメッセージから、元妻が追及される。だが音楽家が最後に遺すのは、名前だろうか? 音色は指紋である。同じ高さの音でも、音の重なり方は奏者の体そのものが作る。楽譜にも録音にも残らないその差を、上田の耳だけが聴き分けていた。

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小説を読もう2026/08/16
  • 現在の作品舞台裏のソリスト