あらすじ
夏の初めから、張り替えの注文が一軒ずつ減ってまいりました。十二年請けてきた角の酒屋で「今年は間に合っているから」と。祭礼の大提灯も、別の職人へ回りました。
腕が落ちたのだと思っておりました。刷毛を洗い直し、糊の割を確かめて。
提灯は一張ごとに骨の反りが違います。角の酒屋は西風を正面から食いますから骨を一本多く残す。祭礼の大提灯は雨を吸うと重くなりますので糊を薄く二度引く。新しい骨はまだ油が抜けておりませんから、初年は張りを緩める。手順に書けるのは紙の寸法と糊の割だけで、履歴は全部わたくしの頭の中にございます。
氏子総代が言いにくそうに教えてくださったのは、盆の前でした。「義姉さんが、先に回っておいでだ」。
言い返しません。訴えもいたしません。翌朝、刷毛と篦だけを包んで橋を渡りました。骨も紙も客も置いてまいります。
ひと月で、義姉の張った提灯から順に破れました。祭礼の夜に大提灯が裂け、角の酒屋の軒で灯が消えます。誰も怒鳴りません。ただ次の月から、義姉の請けが減ってまいります。
川向こうの祭礼の提灯を任され、初めて自分の名で張った夜。橋のたもとに立った義姉へ、あの一句をそのままお返しするお話。