あらすじ
三年間、姉の名前で薬を作っていた。
誰も気づかない。
礼を言われたこともない。
ローゼは、薬房を営む子爵家の次女。
処方を組むのも、危険な配合を止めるのも彼女だ。
けれど紙に残るのは、いつも姉の名前だった。
家族なのだから。
そう言われるたび、彼女は黙って筆を執った。
政略で嫁いだ先で、夫はこう告げる。
一年で離縁する。
顔を合わせる必要はない。
白い結婚。
離れで薬草を育てる暮らしを、ローゼはむしろ歓迎した。
静かで、誰にも急かされない。
ある朝、彼女は夫が飲もうとした瓶を止める。
その二つを同時に飲めば、心の臓が止まる。
瓶に貼られた処方箋は、二年前に彼女自身が書いたものだった。
姉の字で、書き写されていた。
そして一箇所だけ、分量が違っていた。
その夜、ローゼは短い手紙を書く。
三行だけの手紙だ。
今後、処方は書きません。
書かないと決めた人の名前は、どこにも残らない。
では、書いていたことを、誰が知っているのだろう。