あらすじ
神戸の高級住宅街で暮らす四十二歳の専業主婦、榊原玲子。
夫は会社経営者。経済的な不自由はなく、家事の多くは家政婦が担っている。欲しい服があれば買うことができ、気が向けばホテルでランチを楽しみ、友人たちと旅行へ出かけることもできる。
誰が見ても、恵まれた人生だった。
玲子自身も、それをよく分かっている。
だからこそ彼女は、自分が抱えている小さな憂鬱を誰にも言えずにいた。
朝、夫を送り出したあとに残る長い時間。華やかな友人たちとの、どこか同じことを繰り返しているような会話。衝動的に買った高価なバッグをクローゼットにしまった瞬間に訪れる、説明のつかない虚しさ。
不幸ではない。
夫を嫌っているわけでもない。
今の暮らしを捨てたいわけでもない。
それなのに玲子は、いつしか自分の毎日の中から「自分自身」だけが抜け落ちてしまったような感覚を抱くようになっていた。
そんなある雨の日、玲子は偶然、小さな喫茶店「喫茶つばめ」を見つける。
これは、何不自由なく暮らしてきた一人の女性が、日常の中で少しずつ立ち止まり、自分が好きだったもの、自分が嫌だったもの、自分が本当はどう生きたいのかを思い出していく物語。
「何もすることがない」人生から、「何をしてもいい」人生へ。
有閑マダム・榊原玲子の、優雅で可笑しく、少し切ない人生の再出発が始まる。