あらすじ
「型なんぞ、寸法どおりに削れば履ける」——親方がお客へそう話しているのが、背中側から聞こえました。
わたくしは何も申しませんでした。
靴が保つかどうかは、寸法では決まりません。その人の重心がどちらへ落ちるかで決まります。右足をかばう方は左の踵から減る。腰の高い方は爪先が先に薄くなる。馬に乗る方は内側が擦れる。棚に並ぶのは足の長さと幅の数字だけで、その日の見立ては全部この頭の中にございました。
十一年ぶんの働きは、寸法の順に並べ替えられました。手控えの立ち姿の欄は要らないと言われました。わたくしは、それにも何も申しませんでした。
暮れ、手の付いた靴型を拭いて棚のいつもの位置へ戻し、鉋を拭いて置き、何も言わずに帰りました。
下ろしたての靴は、誰の足にも入ります。半年、何も起きません。
そして半年履かれた頃、上客の靴が揃って左の踵から減りはじめました。誰も怒鳴りません。直しの持ち込みが増えて、次の季の注文が来なくなるだけでございます。
自分の仕事場を持ったわたくしの前で、親方はご自分の口でもう一度あの一句を仰いました。わたくしは言い返さず、手の付いた靴型を床へ立てて、傾きだけをお見せしました。