あらすじ

夏の終わりから、得意先が一軒ずつ減っていった。十二年通った蕎麦屋の裏口で「今年は間に合っているから」と言われる。豆腐屋でも同じ言葉だった。 腕が落ちたのだと思った。鑿を研ぎ直し、指の腹の硬さを確かめた。 臼は一台ごとに石が違う。蕎麦屋のは挽き手が右利きで片減りしている。豆腐屋のは水を使うから目が丸い。粉屋の新しい臼はまだ石が硬いので、最初の一年は浅く。手順に書けるのは鑿の角度と分だけで、履歴は全部この頭の中にある。 粉屋の老爺が言いにくそうに教えてくれたのは、秋の初めだった。「弟さんが、先に回っておいでだ」。 言い返さない。訴えもしない。翌朝、鑿だけを担いで橋を渡った。臼も客も置いていく。 ひと月で、義弟の立てた臼から順に粉が粗くなった。蕎麦がぼそつき、豆腐が寄らない。誰も怒鳴らない。ただ次の月から、義弟の請けが減っていく。 川向こうの臼を任され、初めて自分の名で目を立てた朝。橋のたもとに立った義弟へ、あの一句をそのまま返す話。

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小説を読もう2026/08/14
  • 現在の作品見限られ得意先を剥がされたので鑿を担いで町を出ました。お宅の粉、粗くなります