あらすじ
頭上に、逆さまの世界が浮かんでいる。
昭和後期の東京下町。二十余年前、空に現れた「逆さの世界」から渡来した生体技術と入植者を受け入れ、世界から閉ざされた日本。人々は向こう側の技術を日常として使いながら、ある日突然、人が人でなくなる「発症」に怯えて暮らしている。
高瀬澪。発症者を処分する防遏課(ぼうあつか)の隊員――人々に忌み嫌われる「遏め屋(とどめや)」。1年前、手製の飛翔体で逆さの世界を目指した弟・昴は、空の途中で消えた。「声が、たくさん」という言葉を最後に。
弟を奪った空を憎み、規則に従って引き金を引く日々。だが澪の中には、誰にも言えない何かが棲んでいる。発症者たちと同じ、熱いなにか。そして、それとは別の――静かな、なにか。
幼馴染の死。処分するはずだった男を「人間のまま」逝かせた夜。上がらない侵食値。弟が遺した奇妙な記号と、『姉ちゃんへ』の走り書き。国家が澪の『数値』に目をつけたとき、隠されていた彼女自身の出自が、すべてを反転させる。
怪物を処分する女は、怪物を抱いて生きてきた。
名前を消された澪は、誰も還らない空を目指す。
――弟が遺した、二号機に乗って。
【世界設定・補足】
・舞台は昭和後期相当の東京・木場、清澄とその周辺。
・1961年、日本の空に天地を反転させた大地「逆さの世界」が出現。以後、生体技術と入植者が渡来し、日本は諸外国と断絶した事実上の鎖国状態(逆鎖国)にある。街並みが昭和のまま停まっているのは、そのため。
・交流は一方通行。向こうから降りてくる物と人はあるが、こちらから上がった者はおらず、また誰一人還らない。
・「発症」――人が自己保全の本能に呑まれ、人ならざるものへ変容していく現象。原因不明。かつては入植者に多いとされたが、近年は日本人にも広がっている。
・防遏課――発症者と発症予備者を「処分」する組織。隊員は「遏め屋」と呼ばれ、市民から恐れられ、避けられている。
・入植者――逆さの世界から渡来した人々と、その子孫。外見では日本人と区別がつかず、川沿いのコロニーに暮らしている。