あらすじ
斜陽と言われ続けて何十年、という業界にいる。二十六歳、音楽ソフト卸の営業四年目。棚から下ろされたCDを段ボールに詰めて、頭を下げて、月報のセルの色をひとつ悪いほうへ直す。そういう毎日を、藤島朔は「長い夕方」と呼んでいた。まだ夜ではない。だから、諦めることも許されない。
十月のある金曜、大学時代の友人に一枚のカードを見せられた。夜の海の絵だった。水平線に、細い光の柱が一本だけ立っている。
『ソルスティス』——二年前に海外で生まれ、この秋に日本語版が出たばかりのカードゲーム。守り続けた者に、たった一度だけ朝が来る。そして開始前に一度だけ、気に入らない初手を引き直すことが許されている。マリガン、と友人は言った。ただし、タダではない。
人生には、ない制度だ。
高円寺の小さなゲームバー「ランタン」。過去を語らない店主。夜勤前に一局だけ指していく看護師。負けながら教えてくれる年長者。そして、教室で隣に座れば三日で顔を忘れそうな、けれど誰も勝てない十七歳の高校生。
会社と家のあいだに寄る場所ができた男の、八ヶ月の記録です。
やがて彼は、幕張の決勝卓に座ります。二千十六人が二人になった、夏至の夕方。手の中には、八ヶ月かけて選び直した五十枚。
その一戦で彼が犯した、たったひとつの間違いの話を、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
対戦の細かなルールは知らなくても読めるようになっています。カードゲームを一度も触ったことのない方にも、届いてほしい物語です。