あらすじ
大正五年。男爵令嬢・桐ケ谷琴乃は、医師である父のもとで医学や看病の知識を学びながら育った。
しかし、弟、母、そして父までもが「死病」と恐れられた労咳に倒れ、琴乃は天涯孤独の身となる。
そして、労咳を出した桐ケ谷家は「呪われた家」と噂され、爵位も失うことに……。
家族を失った悲しみに加え、世間から向けられる冷たい視線に耐えながら、琴乃はひとりで生きていかなければならなくなった。
そんな琴乃に手を差し伸べたのは、父と親交のあった天澤篤志だった。
若くして伯爵家の当主を務め、天澤製薬を率いる実業家でもある篤志は、琴乃の身を案じる父の遺言を受け、彼女に一年後の結婚を申し込む。
「もう、ひとりで背負わなくていいんです。私がそばにいます」
それは、天涯孤独となった琴乃にとって涙が出るほど温かい救いだった。
やがて喪が明け、琴乃は篤志と結婚して天澤家へ嫁ぐ。
だが、待っていたのは伯爵夫人としての華やかな生活ではなかった。
「労咳が怖いじゃないの!」
義母たちは、琴乃自身は健康であるにもかかわらず、死病を出した家の娘というだけで彼女を拒絶した。
食事を共にすることすら許されず、離れへ追いやられそうになる琴乃を、篤志は毅然とした態度で守る。
それでも琴乃は、義家族を恨もうとはしなかった。
父から受け継いだ「正しい知識があれば、病から人を救うことができる」という思いを胸に、少しずつ天澤家の人々と向き合っていく。
ある日、義母たちが食中毒で倒れると、琴乃は身につけた看病の知識を生かして冷静に処置を施し、必死に看病をする。
その姿をきっかけに、義母たちは彼女への見方を少しずつ変え始める。
そんな中、琴乃の家族が労咳で亡くなったことを利用され、「死病の家系の娘」と再び世間から侮辱される。
だが今度は守られるだけではなく、琴乃は自らの言葉で立ち向かう。
「正しい知識は、家族を病から守るための盾なんです」
懸命に生きる琴乃の姿は、頑なだった義母たちの心をも動かし、ついに雪解けとなる。
しかし、琴乃は篤志から思いがけない真実を告げられる。
自分との結婚には、父から託された願いだけではない、別の理由があった。
実は篤志は、琴乃がまだ桐ケ谷家にいたころから、彼女のことをひとりの女性として想っていたのだ。
政略結婚から始まったはずのふたりの関係は、互いの痛みや過去を知り、支え合ううちに、少しずつ本物の愛へと変わっていく。
家族も、爵位も、帰る場所さえ失った不遇令嬢が、父から受け継いだ知識と信念を胸に、愛する人と新しい居場所を築いていく――。
これは、死病への偏見に傷ついた女性が、自らの力で幸せをつかみ取る、大正政略結婚ロマンス。