あらすじ
「わしが死んだらな、こんな暑い時期にわざわざ来んでええぞ」
龍谷大学を卒業し、地元の橿原市役所に就職して三十歳を迎えた安井哲平。
恋人はおらず、仕事も至って平穏。「市役所勤めなら安泰」と言われながらも、世間が語る「結婚」や「家庭」という型から外れている自分に、どこか居心地の悪さを抱えていた。
お盆の時期、畝傍山の麓にある祖父の家に集まる親戚たち。「ええ人おらんのか」という問いかけを適当な苦笑いではぐらかす夜を経て、翌朝、哲平は九十歳になる祖父と従兄弟の幼い息子を乗せて墓参りへと向かう。
立ち上る煙、ジリジリと耳を刺す蝉の声、熱せられた墓石にかけた水が瞬時に乾いていく景色の中で、祖父が語った思いがけない言葉。
静かな夏の光の中で、哲平の胸にささやかで確かな余韻が広がっていく。