あらすじ

「君は夜会で人の髪を触る。髪結いなど、下女の仕事だ」  春の宮の夜会で、そう言われて婚約を破棄されました。  わたくしはレナーテ・オルトマン。十九。伯爵家の娘ですが、家は借財で傾いており、取り柄は母から習った髪結いだけです。  母は王都の裏通りの髪結いでした。父がその人を娶ったので、わたくしは十九年、同じ言葉を聞いて育ちました。  だから、言い返す言葉を持っていません。  かわりに――隣に立っていたご令嬢の、落ちかけた編み込みを直しました。三十を数えるあいだのことです。 「代金は、結構ですわ。……最後ですから」  五日後。裏通りに、母の店を開けました。看板はありません。何と書けばよいのか、分からなかったからです。  戸を開けると、近衛の外套の男が一人、立っていました。 「今日はいい。後ろを先に」  その後ろにいたのは、今日が登用試験の、十六の娘でした。  この店に来るのは、「今日だけは負けられない日」を持った人ばかりです。初めての出仕、御前の立ち合い、十一年言えなかった求婚、離縁の申し立て、女官筆頭の選考――。  わたくしがするのは、その人が本当に怖がっているものを、鏡越しに先に見つけることだけ。喉を隠している人の喉を出し、兜が回る人の結い目を下げ、耳を出して、袖を留める。  夕方、その人が走って戻ってきます。 「受かりました!」 「わたくしは何もしておりません」  でも、いつのまにか、戸口の上に板が掛かっています。大家が勝手に掛けたのです。  『わたくしが髪を結った方は、その日、負けません』  わたくしは淡々と、その方の良いところを引き出す髪結いをしているだけなんですが……。

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カクヨム
カクヨム2026/08/14
  • 現在の作品わたくしが髪を結った方は、その日、負けません ~「髪結いなど下女の仕事」と婚約を破棄されましたので、裏通りに店を開きます~