あらすじ
王都へ来て三日目の夜。大夜会の名簿から、わたしの名前が消えておりました。
ですので厨房口へ回って、前掛けを結んで、大広間でお皿を運びました。すれ違った洗濯場の十七人のお名前は、その晩には、ぜんぶ覚えておりました。
わたしはミレイユ・ド・ソレル。十八。北の辺境で、領民全員と名前で呼び合って育ちました。
王都の作法は、まだ習っておりません。
ですから、陰口が聞こえたら、振り向いてしまいます。
「え、聞こえてます! ここ、天井が高いので、もうちょっと大きい声でお願いします!」
大階段で足をかけられたら、掛けたご本人の腕を掴んで、一緒に踏みとどまってしまいます。
「危ないですよ!」
悪意が、一度も着地しないのです。
三日で、王宮じゅうの衛兵と給仕と松明番が、わたしの名を知っていました。門の外の人だかりまで、わたしを呼びます。
「辺境のお嬢さま!」「大声のお嬢さま!」
――名前では、ありません。
貴族の方々が隠したいことほど、掃除する人と、運ぶ人と、門に立つ人は、よく知っております。
いちばん最初にわたしを試したのは、婚約者候補の公爵令息でした。
わたしは、それを見ておりました。見ていて、どなたにも申し上げておりません。
あの方は、ご自分の靴をご覧になっています。
ひとつだけ、内緒にしていることがございます。
わたし、こわかったと気づくのに、いつも半日ほどかかるのです。
鈍いんです。
人の名前を覚えることと、声が大きいことだけが取り柄です!