あらすじ
「錠なんぞ、寸法どおりに切れば開く」——家令がそう申しましたので、わたくしは合鍵の束をお返しすることにいたしました。
鍵が回るかどうかは、寸法では決まりません。扉が季節でどう動くかで決まります。北側の扉は冬に框が締まる。雨漏りを直した扉は鎌が浅く掛かる。日の当たる南の扉は夏に反って鍵が深く入る。壁に貼れるのは鍵の寸法だけで、その日の当たりは全部この頭の中にございました。
十一年ぶんの働きは、入って半月の若い錠前師と同じ一行に並べられました。手控えの季節の欄は要らないと言われ、鍵部屋の壁には寸法表が貼り出されました。左様でございますね。わたくしがいなくても、お館は回ります。
では、合鍵はお返しいたします。鑢も鏨も壊しも持ち出しもいたしません。やめるのは、腹を一厘落とすことだけ。
夏は木も金物も緩んでおります。寸法どおりの鍵で全部回ります。「ほら、開く」と申しておりました。変わらないことが、いちばん怖い時間でございます。
冬、木が締まった日に、同じ寸法の鍵が一本も回らなくなりました。誰も怒鳴りません。ただ家令が扉ごとに鍵を試して、深夜まで廊下を往復するだけでございます。
自分の仕事場を持ったわたくしの前で「戻ってくれ」と仰った家令へ、あの一句をそのままお返しするお話。