あらすじ

父の死後、八十二歳の母は物忘れが進み、週末ごとに世話に通う息子・圭介に、同じことを何度も尋ねるようになった。父はもう亡くなった、ご飯は食べた、奥の部屋には誰もいない。圭介はそのたびに「お母さん、前にも言ったよ」とやさしく言い聞かせていた。 ところが母は、納戸の奥にいる「あの子」にご飯をあげてほしいと言い出す。やがてその子の名が「なつき」であることがわかる。納戸からは赤いランドセルと、なつきの名が書かれた古いノートが見つかる。圭介が伯母に問いただすと、なつきはかつてこの家にいた、戸籍に入っていない子どもだったらしい。しかし伯母は「知らなくていい」「昔のこと」と口を閉ざす。 母の記憶は妄想ではなかった。圭介が納戸の床板を外すと、床下から「なつき」と書かれた片方の上履きが出てくる。伯母の告白により、父がしつけのつもりでなつきを閉じ込め、事故で死なせたこと、家族や親族がそれを隠し、母に「そんな子はいない」と言い続けてきたことが明らかになる。 真実を知った圭介は、母のために事件を明かすのではなく、家を守るために沈黙を選ぶ。ケアマネジャーには母の妄想として説明し、上履きやランドセルのことは話さない。そして母に向かって、自分もまた言う。「お母さん、前にも言ったよ。なつきちゃんなんて子は、いなかったんだよ」。母は静かに「お父さんに、よく似てきたね」と答える。家族の罪は怪異ではなく、人の手で次の世代へ引き継がれていく。

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エブリスタ
エブリスタ2026/07/10
  • 現在の作品お母さん、前にも言ったよ