あらすじ

七年つきあった恋人が、わたしの窓口に婚姻届を出しに来た。 橘川市役所・市民課、三番窓口。窓口歴八年の黒瀬史は、その日も番号札を呼んだ。 「八十二番でお待ちの方、三番窓口へどうぞ」 顔を上げた先に立っていたのは、来春の式場を一緒に予約したはずの男だった。 差し出された婚姻届。夫の欄に、彼の名。 妻の欄に、史の知らない女の名。 そして証人欄には——史の父と母の、見慣れた署名。 史は膝の上で手を止め、職員として言うべきことだけを言う。 「不備がないか、確認いたします」 その日から史は、一度も職権を使わない。 地方公務員法三十四条。守秘義務。使えば、今度はこちらが罪に問われる。 彼女に使えるのは、市民の誰もが取れる書類と、八年間窓口で覚えた手続きの知識だけ。 その二つだけで、史は辿り着く。 両親の署名は本物だった。しかし両親もまた、騙されていた。 そして「七年」という数字の意味が、最後にひっくり返る。 史は告発しない。辞めない。去らない。 ただ、同じ席に座って、規則どおりに受け付けるだけ。

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カクヨム
カクヨム2026/08/29
  • 現在の作品七年の恋人が私の窓口に出した他人との婚姻届、証人欄は私の両親でした