あらすじ

「王さま、へ」 その宛名では、どこにも届かない。 王宮・文書塔の地下三階に〈宛先不明便〉の棚がある。宛名か印の欠けた書状は三日だけそこに置かれ、四日目の朝、炉へ回される。下級書記官マレン・ヴェントは、その仕分け係だ。 十年前、母は宛名を書けなかった。返事を待ったまま死んだ。だからマレンは、一通も捨てられない。 最初に拾ったのは、子供の字で一行だけの紙だった。 「橋が夜に歌っています」 紙は教区の届出用紙の裏。折り目は七つ。墨は水で薄めてある。――大人が一度書こうとして、やめた紙だ。 持ち場を離れて走った先で、マレンは渡ろうとしていた馬車を止める。降りてきたのは「何も決めない」と噂の第三王子だった。 誰も読まない報告書を、彼だけが最後まで読む。そして末尾へ一行だけ書き足して返す。 ――この橋は、いつから鳴っていた? 「宛先の決まらない書状は、私のところへ回せ。――君が、宛先を決めろ」 井戸。孤児院。市場の量り。宛先を決めるたび、十年前の一通が通った道が、一区間ずつ見えてくる。 届かなかった手紙では、ありません。まだ、届いていない手紙です。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
小説を読もう
小説を読もう2026/08/29
  • 現在の作品王宮の「届かない手紙」係になりました ~宛名の書けなかった訴えを捨てられない私の報告書を、第三王子だけが最後まで読んでいます~