あらすじ
結婚七年目の冬。
ヴァルデン公爵夫人エステルは、愛していた夫ギデオンから離縁届と記憶譲渡書を差し出された。
「君との七年を、すべて忘れてくれ」
ギデオンは王国の機密を扱う立場にあり、離縁する妻は結婚生活で得た機密ごと、その七年間の記憶を国へ売却しなければならないという。
けれどエステルが許せなかったのは、離縁でも、記憶を失うことでもなかった。
夫が何も相談せず、何も説明せず、自分の人生を勝手に決めたことだった。
だからエステルは、自分の意思で署名する。
七年間愛した夫も。
幸せだった日々も。
壊れていった結婚も。
すべて忘れて、彼の妻であることをやめるために。
ところが記憶を失って目覚めたエステルを待っていたのは、彼女の前で泣く見知らぬ男――元夫ギデオンだった。
さらに、記憶を失う前の自分が残した一通の手紙が見つかる。
『私へ。ギデオン・ヴァルデンを、夫だったという理由だけで信じてはいけない』
そして記憶売却の翌日、一人の判事が殺害される。
殺害を命じた証拠として公開されたのは、エステル自身の「記憶」。
身に覚えのない殺人。
消えた七年間。
十二年前に王都で起きた「白鐘広場事件」。
そして、妻を守るためなら妻自身から選択する権利さえ奪ってしまった元夫。
すべてを忘れたエステルと、二人の七年間を一人だけ覚えているギデオン。
「昔の私があなたを愛していたとしても、それは今の私があなたを愛する理由にはなりません」
これは、失った愛を取り戻す物語ではない。
過去の自分にも、夫にも、国にも人生を決めさせず――
一度すべてを失った女性が、自分の意思で真実と人生と恋を選び直す物語。