あらすじ
辞書に載っている語義のひとつひとつに、精霊が宿っている。
改訂は十年に一度で、その前の晩、新しい版で席をもらう精霊のところへ出向いて、名前を呼んで回る係がいる。名配りという。呼ばれた子は席を得て、呼ばれなかった子は次の朝まで待つ。次の朝というのは、十年後の朝のことである。
森下環は入社二年目、精霊の声を録るだけの職についている。今夜が初めての名配りで、渡されたのは朱肉と判と、百体ぶんの名簿だった。捺しさえすれば、配ったことになる。逆はない。だから十年ばれない。
三体目のところで、環は足を止める。席はあった。名前の欄だけが、空いていた。書かれていないから呼べない。呼ぶというのは名前を呼ぶことであって、名前が無ければ口の開けようがない。
その子が、ついてくる。羽が一枚で、影が、中に何も挟んでいない括弧の形をしている。
夜明けまでに、百体。配れない一体が、ずっと横にいる。