あらすじ
一八五五年一月、パリ。
詩人ジェラール・ド・ネルヴァルが、夜明け前の路地で謎の死を遂げた。残されたのは、叔母へ宛てた短い書き置き、未完の幻想文学『オーレリア』、そして無名の弟子が執筆していた犯罪小説『箱と女』。
自殺か。他殺か。
その死は、一七一年を経てもなお、誰にも解かれていない。
二〇二六年。十九歳で光を失った仏文学者・燈野しをりは、人気漫画家クロードが発表した奇怪なSF探偵小説『芋虫の眼』を読み始める。
物語の舞台は二〇四九年。郊外の温室から、耳と手と声を奪われた男女の遺体が発見される。犯人を見たはずの唯一の生存者は、やがて視力を失い、黒い太陽、青いリボン、眼のない男の幻視に苛まれてゆく。
その幻視を映像化する装置《アウレリア》。
スクリーンに映し出されたものは、消された殺人の記憶なのか。それとも、人間と機械が共同で作り上げた、存在しない証拠なのか。
やがてしをりは、『芋虫の眼』の随所に、誰にも明かしていないはずの自分の幻視と、ネルヴァルの死をめぐる暗号が埋め込まれていることに気づく。
触れなければ読めない紙の継ぎ目。
死後に発表された文章。
犯人だけが持ち得た一枚の原稿。
百年後の小説に現れる、百年前の犯罪の記憶。
調査が進むにつれ、無名作家ブルターノ、詩人ボードレール、遠いロシアのドストエフスキー、そして「書かれた物語」そのものまでが、ネルヴァル殺害の容疑者として浮かび上がる。
証拠とは、眼に見えるものなのか。
幻視は、存在しなかった光景を映すのか。それとも、かつて確かに見たものだけを呼び戻すのか。
作者は、自分が死んだあとも、物語を使って犯罪を続けられるのか。
そして探偵が真相を語ったとき、事件は解決するのか――それとも、その瞬間に初めて完成してしまうのか。
五つの夜。
三つの時代。
四つの解答。
そして、最後まで何も書かれていない一枚の白紙。
文学史、神経科学、幻視、法廷、盗作、贈与、殺意が一つの謎へ縫い合わされ、読む者自身を「最後の証人」へと変えてゆく、巨大なSFアンチ・ミステリ。