あらすじ
昭和二十年(一九四五年)初夏。
相模灘の空は、連日容赦のない鉛色の雲と、高高度を我が物顔で闊歩する冷酷な銀色の巨影に支配されていた。
日本列島の本土防空網はすでに末期的な崩壊の瀬戸際にあり、戦略的要衝や都市群は、敵の巨大爆撃機が描き出す無慈悲な航跡の下で、なすすべもなく戦慄していた。
アメリカ陸軍航空軍の戦略爆撃機、B-29。
愛称「スーパーフォートレス」(超・空の要塞)
その圧倒的な爆弾搭載量、強固な防弾装備と機銃群、四基の巨大なターボチャージャー付きエンジンが生み出す圧倒的な高高度性能。そして何より一万メートルを超える成層圏からの無差別爆撃能力。アメリカ工業技術の粋を凝らした銀の巨鳥。
帝都防空を担う陸軍飛行第十戦隊の若き搭乗員たちは、文字通り精神的な絶望の淵に追い込まれていた。地上の高射砲弾は彼らのはるか下空で爆散するばかりであり、頼みの綱であるはずの迎撃戦闘機もまた、希薄な高空気流の中では本来の性能を著しく削がれていたのである。
「また来たぞ・・・耳を塞げ!」
厚木基地の緊縮された発令所。
コンクリートの壁と床が底から微かに、しかし持続的に震える中、滑走路の脇で愛機の傍らに身を寄せる飛行第十戦隊の隊員、少尉・相沢あいざわ健一は、腹の底を抉るような重低音の爆音と地鳴りに歯噛みした。