あらすじ
「これは取引だ。あなたを愛することはない」
婚礼の日、夫となった人はそう言いました。
そして、その人の指が、見る間に真っ赤に腫れたのです。
ヴァイクハルト家に三代伝わる一対の指輪は、夫婦のあいだの嘘だけを焼きます。嘘をついた側の指が、二十を数えるあいだ腫れる。それだけの道具です。
どの言葉が嘘だったのかは、教えてくれません。では何が本当なのかも、教えてくれません。
三年の戦争を止めるために、リューベン王国の伯爵令嬢リゼットは、敵国ゲルニアの元帥公アーヴェルのもとへ嫁ぎました。停戦の条項は二つだけ。そのひとつが、この婚姻が続いていることです。破れれば、また戦争が始まります。
夫は、理由を言わない人でした。説明もしません。
けれど気がつけば、朝日の差す東向きの部屋も、故郷の海の塩も、峠を知らない若い護衛も、全部がリゼットのために組み替えられていました。誰が命じたのかは、誰も言いません。
リゼットの武器はひとつだけ。外交官の父の卓で覚えた――言わなかったことを数える癖です。
黙っていれば焼けません。他人へついた嘘も焼けません。書いた字も焼けません。そして――勘違いも、焼けません。
「旦那様。これは、毒です」
言い切ったとき、指は熱くなりませんでした。それでも彼女は、間違っていたのです。
焼けなかったことは、本当だという意味ではない。
やがて満座の晩餐で、夫の後見人である大公が、おだやかに切り出します。
「では、検めましょう」
嘘を暴く道具のある世界で、それでも人を信じることに、意味はあるのでしょうか。
――ひとつ、彼女がまだ気づいていないことがあります。
あの日の一続きは、二つの文でできていました。
「これは取引だ」と、「あなたを愛することはない」。
指輪は、どちらが嘘だったのかを、言いません。