あらすじ
大学三年生の深町友梨香は、生物や微生物、生態系について学ぶ、ごく普通の女子大生だった。
ある日、古い飼育観察ケースの中で、不自然に動く小さな光を見つける。
虫だと思って覗き込んだ友梨香だったが、そこにいたのは虫ではなかった。
服を着て、道具を持ち、火を囲んで暮らす、小さな人間たち。
友梨香から見れば、その身長はわずか二ミリほど。
けれどケースの内部には、巨大な洞窟、地下河川、発光する苔や茸、さまざまな鉱石、虫、魔物、そして魔法が存在する、本物の異世界が広がっていた。
しかも、その世界には底がない。
下へ行けば行くほど新たな洞窟や水脈、地下森林、鉱脈、地底湖、魔物の生息地、そしてまだ見ぬ人々の暮らしが現れる。
友梨香が最初に見つけたのは、わずか三十数人が暮らす小さな地下集落。
採集を担当する少女エルナ。
探索と魔法を得意とするセフィ。
石を削り、茸を育て、水を汲み、魔物を警戒しながら生きる人々。
別に、彼らは友梨香が助けなければすぐ滅びるわけではない。
彼らには彼らの生活があり、知恵があり、魔法があり、自分たちの力で生きている。
だから友梨香も、すべてを与えるつもりはなかった。
ただ。
「この上に少し水を入れたら、泉の水量安定するんじゃない?」
「分解者、ちょっと少なくない?」
「この石なら建材に使えそう」
「……トビムシ、数匹だけ入れてみようかな」
水を足す。
石材を置く。
土壌を整える。
苔や植物を増やす。
虫や微生物を少しだけ導入する。
友梨香にとっては小さな環境調整。
しかし地下世界では、それが新たな水脈となり、山となり、森となり、生態系を変え、ときには文明さえ動かしていく。
そして友梨香が環境を豊かにするほど、地下の住人たちは自分たちで新しい利用法を見つけ始める。
虫を家畜にする者。
新しい茸を栽培する者。
石材で家を建てる者。
水路を掘る者。
未知の鉱石から道具を作ろうとする者。
やがて小さな集落は村となり、村と村が繋がり、交易路が生まれ、地下世界には少しずつ大きな文明圏が形成されていく。
大学では微生物を学び、アルバイト先のホームセンターでは苔や石や飼育用品を眺め、彼氏や友人たちには妙な質問ばかりするようになった友梨香。
そして家に帰れば、二ミリの人々が暮らす世界を覗き込む。
これは世界を支配する神様の物語ではない。
小さな地下世界を観察し、ときどき手を加えながら、その世界が自分の力で豊かになっていくのを見守る、一人の女子大生の箱庭観察記。
今日も友梨香はスポイトを片手に、巨大な地下世界を覗き込む。
「さて……今日は何を入れてみようかな」