あらすじ
延長八年、九歳の紀時文(きのときふみ)は、土佐国司に任じられた父・紀貫之と共に都を離れ、遥か南海道の果てへと旅立った。
土佐国で待ち受けていたのは、それまでの平穏な暮らしとは大違いの、喜びと悲しみに満ちた波瀾万丈の日々であった。
土佐の青い海が広がる地で出会った、同い年の漁師の少年・磯丸と、その凛とした姉・香(かを)。身分を超えて育まれた温かな友情と淡い恋心は、私の世界をまばゆく輝かせた。
しかし、非情な流行病が土佐を襲い、かけがえのない親友と、三つ下の最愛の妹の命を次々と奪い去っていった。
あれからおよそ五十年。父と同じ年齢になった紀時文は、妻となった香と共に、人生で最も輝き、最も悲しかったあの歳月を静かに振り返る。
これは、失われた命の記憶と、ひらがなしか読めぬ亡き妹の魂を都へ連れ帰るために父が不慣れなひらがなで綴った、『土佐日記』誕生の背景にある知られざる前日譚である。