あらすじ

「前のお熱は、いつでしたか」 診察室でこう聞くと、この世界の母親は、みんな同じ顔をする。覚えていないのではない。覚えておくための紙が、この世界のどこにもないのだ。 私は辺境の村の医者。前世は産婦人科医だった。チートスキルはない。あるのは二千件のお産に立ち会った手と、聴診器と——職業病の記録癖だけだ。 子どもの記録なら、領主様の台帳にある。ただしそれは徴税と徴兵のための帳面で、書いてあるのは生まれた年と性別、父の名前と生死だけ。しかも民には見せてもらえない。 つまりこの世界の親は、わが子の記録を一枚も持っていない。 だから私は、藁紙を綴じて手帳を作った。一頁目に書くのは、生まれた日の天気。 代官様は言う。「台帳と食い違う紙が民の手にあれば、争いのもとになる」 字の書けない母親はうつむく。「あたしには、書けません」 ——それでも、記録は親の手にあるべきだと思う理由が、私にはある。 これは、国の台帳と家族の手帳をめぐる、小さな発明の話。

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小説を読もう2026/08/28
  • 現在の作品「前のお熱はいつでしたか?」と聞くと母親が全員黙り込む異世界で、産婦人科医は母子手帳を作ります